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横浜地方裁判所 昭和60年(ヨ)179号 決定 1985年10月29日

債権者

株式会社かまくら春秋社

右代表者

伊藤玄二郎

右訴訟代理人

間部俊明

輿石英雄

債務者

萩原栄子

右訴訟代理人

牛嶋勉

主文

本件仮処分申請を却下する。

申請費用は債権者の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

債務者は、債権者が別紙目録記載の著作物を放送し、又は映画化・テレビ化・舞台化するにあたり、その妨害を意図して、企画当事者に直接面会し、電話を入れあるいは文書による申入れをするなどの妨害行為をしてはならない。

二  申請の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  申請の理由

1  被保全権利

(一) 債権者は、高岡智照こと橋本智照著「花喰鳥」上下巻(以下「本件著作物」という。)を発行した会社であるところ、債権者は、昭和五九年三月一三日、本件著作物の著作者である高岡智照こと橋本智照(以下「作者」という。)との間で、本件著作物について出版権設定契約を締結した際、作者から、本件著作物の映画・テレビ・放送及び舞台公演等第二次著作物に関する権利を譲り受けた。

したがつて、債権者は、本件著作物についての映画化・舞台化・テレビ化等についての一切の権利を有し、これらの権利は物権的効力を有する。

(二) (債務者の妨害行為)

本件著作物については、映画会社数社から、債権者に対し、その映画化の申入れがなされていたので、債権者は、そのうちの松竹映画株式会社(以下「松竹」という。)を選び、映画化に向けて具体的な話をつめようとしていたものであるところ、債務者は、右債権者の映画化の企図に対し、次のような妨害行為を行つた。これは、債権者の有する本件著作物の二次的著作物に関する権利を侵害するものである。

(1) 昭和五九年七月三〇日付け朝日新聞に掲載された本件著作物の広告が、取扱つた広告会社のミスにより、「テレビ・映画化予定」となるべきところが「テレビ・映画化決定」として掲載されたことをとらえて、松竹に赴き、同社の永山社長と面会し、テレビ・映画化を決定したのかどうか尋ね、それをやるなら事前に自分の了解を得るように要求した。

(2) 昭和五九年一一月二〇日及び同年二一日の両日、日本テレビは「酒井広のうわさのスタジオ」という番組の中で、本件著作物に沿つて作者の生涯を紹介する特集を企画したところ、債務者は右企画を聞知するや、右番組の放送直前に日本テレビに押しかけ、本件著作物には事実に相違する部分があるので放送内容を変えるよう放送関係者に強要し、その際、本件著作物の登場人物であり債務者の夫であつた亡萩原止雄(以下「亡止雄」という。)の葬儀には、児玉誉志夫が葬儀委員長を務めたなどと暗に日本テレビに威圧を加えるようなことを述べた。そのため、同テレビ局は、作者や債権者に相談もなく、右番組中予定されていた本件著作物を朗読する箇所で、朗読部分中「萩原」の名前が出てくる部分を「彼」と言いかえたり、削除したりして放映した。

(3) 債務者は、同年一二月一五日及び同月一六日の両日、作者のもとに架電し、面会を強要した。

(4) 債務者は、同六〇年一月八日、各新聞社、出版社、映画会社及びラジオ・テレビ製作会社宛に一斉に妨害文書を送り出した。それによると、本件著作物には事実に相違した著述があり、これによつて亡止雄が名誉を傷つけられたもので、本件著作物を活字化、映画化、テレビ化、劇化等する場合は事実に相違したまま実行することがないよう、企画の段階で一報してほしい旨横やりを入れている。ここに至つて、松竹をはじめ、本件著作物を映画化・舞台化する動きは一挙に動揺し、このような妨害のある限り、企画化は難しいという現状になつている。

(三) よつて債権者は債務者に対し、本件著作物の二次的著作物に関する権利に基づき、債務者の妨害行為を排除する権利を有する。

2  保全の必要

(一) 本件著作物は、作者の波乱に富んだ人生の自伝であるが、その中に債務者の夫であつた亡止雄に関する概略次の記述がある。すなわち、作者が大阪の映画会社の重役と結婚してアメリカに渡り女優となつたころ、作者の夫は作者の異性関係に疑いを抱くようになり、帰国後、作者の監視役として亡止雄を雇つたところ、作者と亡止雄との間に関係ができてしまい、これが夫の怒りを買い、亡止雄は上海に逃亡し、作者も夫のもとを去り後に離婚した。作者は亡止雄と大正一四年から同棲を始め、生活のため再度女優となつたが、亡止雄には生活力がなく、作者に嫉妬したり、ピストルで脅したりしたので四年の同棲生活も破局となり、後に作者は出家する。

(二) 債権者は、本件著作物の上巻を、昭和五九年四月二九日に出版した。

昭和五九年五月四日号の週刊朝日に本件著作物の内容を取り上げた記事が載つたところ、債務者は右記事を見て事実と相違する内容であるとして債権者に抗議の申出をするようになつた。

当初債権者は、上下巻を続けて発売する予定だつたが、右申出があつたことから下巻の発行を当面見合わせ債務者の言い分を聞いていたところ、債務者は、作者及び債権者に対し、昭和五九年五月二一日付け書面をもつて、下巻から亡止雄に関する事項をすべて削除すること、本件著作物を通して「萩原」の氏名を削除し、右氏名を推認させるような類以の氏名を使用しないこと等の申入れを行つた。

そこで、債権者、同代理人、作者代理人、債務者及び同代理人が、同年七月四日話し合つた結果、本件著作物の内容を改める合意が成立したので、債権者は右合意に基づき本件著作物の内容を改め、同月一八日、その下巻を出版した。

(三) ところがその後、債務者は、何ら正当の理由がないのに翻意し、右合意の成立すら認めようとせず、債務者代理人らの説得も無視して合意書に署名することを拒んだ。また、債務者は、再び債権者に架電し、新資料が発見され事実と相違する部分が判明したのでさらに下巻の内容を訂正せよと執拗に要求を始め、加えて前記1(二)のような妨害行為をした。

(四) 作者は、高名な京都嵯峨野祇王寺の庵主であり、かつて作家瀬戸内寂聴が、作者をモデルにした「女徳」という小説を著したこともよく知られているところから、本件著作物は、発行直後から新聞や週刊誌に何度となく取り上げられてきたところ、債権者は、会社をあげてその映画化、舞台化を実現し、合わせて本件著作物の販売を拡大しようと努力してきたが、他面において、遺族としての債務者にもできるだけの配慮をしてきたつもりであり、下巻の発行を三箇月も遅らせて話し合つてきたのはその証左である。だが、債務者は自ら納得した前記(二)の合意を反故にし、妨害を拡大して現在に至つており、その勢いはとどまるところを知らない。

債権者は、現在も本件著作物の映画化、舞台化等を構想し、各社と折衝中であり、債務者の妨害がやめば検討するとの態度を示す会社もある。しかし、話が具体化するや債務者の妨害がなされる恐れが大きい。

債権者は、かような妨害行為の差止めを求める本案訴訟の提起を準備中であるが、本案訴訟を待つていては妨害により企画が実現せず、実現しそうになれば債務者はこれを妨害しにかかるであろう。

かかる事態はすでに債権者の受忍限度を超えており、かつ緊急を要する。

3  よつて、債権者は、申請の趣旨記載の仮処分命令を求める。

二  申請の理由に対する認否

1  申請の理由1(被保全権利)について

(一) 同1(一)のうち、債権者が本件著作物を発行した会社であることは認め、その余は争う。

(二) 同(二)について

(1) 同(二)冒頭の主張は争う。

(2) 同(二)(1)のうち、本件著作物の広告が債権者主張の新聞に掲載され、「テレビ・映画化決定」と記載されていたこと、債務者が松竹に赴き永山社長と会つたことは認め、その余は否認する。

(3) 同(二)(2)のうち、債務者が、昭和五九年一一月二一日ころ、日本テレビに出向き、本件著作物には亡止雄に関し事実に相違する部分があることを伝えたことは認め、債務者が放送内容を変えるよう強要したとの点及び債務者が亡止雄の葬儀の葬儀委員長が児玉誉志夫だつたなどと述べ暗に威圧を加えたとの点は否認し、その余は知らない。

(4) 同二(3)のうち、債務者が、債権者主張の日に作者のもとに架電したことは認めるが、その余は否認する。

(5) 同二(4)のうち、債務者が昭和六〇年一月八日ころ、一部の新聞社、映画会社及びラジオ・テレビ会社の特定の担当者宛に、債権者主張の内容の文書を送つたことは認め(ただし債務者はすべて文書の左肩に相手方を特定して記載した)、その余は争う。

(三) 同(三)は争う。

2  申請の理由2(保全の必要)について

(一) 同2(一)のうち、本件著作物に債権者主張の記述のあることは認める。

(二) 同(二)のうち、週刊朝日が本件著作物の内容を取り上げたこと、債務者が右記事を見て債権者主張のように抗議の申出をし、書面をもつて申入れをしたことは認め、合意が成立し円満解決となつたとの点は否認し、その余は知らない。

(三) 同(三)について

債務者が債権者及び作者の提案した合意書に署名しなかつたこと、債務者が下巻の内容の訂正を求めたことは認め、その余は否認する。

(四) 同(四)について

作者が祇王寺の庵主であり作家の瀬戸内寂聴が作者をモデルに「女徳」という小説を著したことは認め、その余を争う。

三  債務者の主張

1  被保全権利について

(一) 債権者は、債務者の行為が債権者の著作権を侵害した旨主張するが、著作権の侵害とは、権原なくして他人の著作物を利用することであり、その侵害の態様は、無断利用、許諾範囲外利用、不当利用及び擬制侵害行為(著作権法一一三条)とされているところ、債権者主張の「債務者の妨害行為」はいずれも右著作権の侵害行為に該当する余地がないから、「本件著作物についての映画化、舞台化、テレビ化等についての一切の権利」「映画化、舞台化等に関する物権的権利」を被保全権利として本件仮処分命令を求めることは明らかに失当である。

仮に債権者の主張が民法上の救済を求めているものとしても、本案訴訟においてはせいぜい不法行為による損害賠償を請求しうるのみであり、妨害排除、妨害予防請求をなしうる余地は全くない。すなわち、不法行為に基づく妨害排除、妨害予防請求は原則として許されず、人格権侵害行為が継続している場合に限つて認められているが、本件においては、債権者の主張するものはたかだか営業上の利益であり、継続した侵害行為も存在せず、不法行為に基づく妨害排除、妨害予防請求が認容される余地は全くない。

(二) 一般に自己の正当な利益を擁護するためやむをえず他人の名誉、信用を毀損するがごとき言動をなすも、かかる行為はその他人が行つた言動に対比してその方法、内容において適当と認められる限度を超えないかぎり違法性を欠くとすべきものである。

本件著作物には、債務者の亡夫である亡止雄の名誉を毀損するのみならず、債務者をはじめとする萩原家関係者の名誉を著しく毀損し、また同じ作者の書いた「照葉始末書」(昭和四年発行)、「照葉懺悔」(同三年発行)などとくいちがつたり、本件著作物のゲラの中で相互に矛盾したり、さらに債務者が独自に調査して判明した事実と異なるなど、虚偽の事実が多数記載されているが、そのうち、特に甚しい部分は次のとおりである。

(1) 本件著作物下巻(以下単に「下巻」という。)三〇七ページ以下の「萩原が狂つたように暴れているのです。」「氷砕きを手に持つたかと思えば、カウンターをめつた刺しにし、レコード盤を壁に放り投げてメチャメチャにするのです。」「萩原はカウンターを乗り超えると、手にもつたビンをテーブルに叩きつけました。」「萩原はガラスの戸を叩き割りました。……指からは真つ赤な血が流れ落ちています。」「萩原は……突然、見境いもなく暴れ出した」「このままでは自分(作者)が殺される」などの記載。

(2) 下巻三一六ページ以下の「萩原は従兄に向つて『隠してるのはわかつているから、早く教えろ』とおどかすように言つた」「萩原の懐にはピストルが忍ばせてある」「自分(作者)で買い求めたピストルが萩原の手に入り、それによつて自分が脅かされている」などの記載。

(3) 下巻三一七ページ以下の亡止雄が作者らに対し「千円の金を用意してくれたら引き上げよう」と千円の手切れ金を要求し、これを取つて去つていつた旨の記載。

(4) 下巻三一九ページの亡止雄が「僕はあの時はほんとうにあなたを殺してしまいたいと思いました」と述べた旨の記載。

2  保全の必要性について

債務者は、訴訟等の手段によらずに、なるべくおだやかな方法で債権者を説得し、事実に即して訂正、削除させる方針であつたが、その間に債権者らによる名誉毀損行為が拡大するおそれが濃厚だつたため、やむを得ず最少限の防禦手段として、<証拠>と同内容の文書によつて、事実に相違したまま実行されることがないよう留意をお願いしたものである。

しかし、債権者らが債務者を不当に中傷する記者会見を行つて各新聞にその旨の記事を掲載させたうえ、本件仮処分申請を行い、別件の本訴訟を提起した今となつては、なるべくおだやかに解決したいという債務者の配慮は全く無用となつたので、債務者としては、債権者らを相手とする本訴訟を提起し、その訴訟を通して債務者の名誉回復をはかるつもりである。

よつて保全の必要性は全く存しない。

四  債務者の主張に対する債権者の反論

債務者の主張1(被保全権利)について

1 同1(一)について

著作権とは、著作物を利用して経済的利益を得ることを実質とする財産権である。著作権は「権利の束」であり、著作権を種々の目的のために利用する複数の支分権から成つており、束の中には著作物を映画化する権利、放送する権利、舞台化、テレビ化する権利などが含まれる。著作権は著作物に対し直接的支配を許す権利であり、物権に準じた効力が認められており、当然その物権的効力は著作権から導かれる右支分権にも認められる。

債務者は、著作権侵害とは権原なくして他人の著作物を利用することであると定義づけるが、右定義は著作権及びその支分権の準物権的性格に照らせば、あまりに一面的である。

物権的請求権には三つの態様があり、妨害排除請求権、妨害予防請求権がそこに含まれることは周知のことである。社会の発展に伴つて生成してきた無体財産権の一つとしての著作権を物権に準じて保護するというのであれば、侵害行為の態様に応じて三つの物権的請求権がいずれも認められるというのが論理の帰結である。著作権が侵害された場合の被害者は著作権法上の要件を立証してその救済を求めることも、また民法上の救済を求めることもできるはずである。本申請では債権者は著作権法上の救済を求めているわけではなく、民法上の救済を求めているものである。

債権者は、作者から譲り受けた本件著作物に関する映画・テレビ・放送及び舞台公演等第二次著作物に関する権利について直接的排他的権利を有するものであり、その権利が第三者の妨害により妨害された場合には妨害の予防を請求することができるのである。

2 同1(二)について

債務者は、「照葉始末書」の記載と本件著作物の記載とが違う旨主張するが、前者は作者が亡止雄と別れた直後の昭和四年九月に出版されたものであり、当時の作者は、亡止雄を恐れるあまり同人を刺激したくなかつたので、生々しい事柄の記述を敢えて避けたのであるし、同1(二)(3)の一〇〇〇円と「照葉始末書」出版の関連について、同序文で正しく書かなかつたのは、作者の世話になつた小野、小竹らに迷惑をかけたくなかつたからである。

また、本件著作物では、真実を記すと亡止雄の評価を低下させ、作者としても二度と触れたくないことなどはあえて事実を省略する記載をした部分もある。これらを虚偽とまでいうことはできない。

理由

一申請の理由1(一)について

<証拠>によれば、債権者は、作者から、昭和五九年三月一九日、本件著作物の翻案等二次的著作物に関する権利(著作権法二七条)を譲り受けたことが一応認められる(債権者、作者間の同日付け出版契約書には、本件著作物の映画、テレビ、放送及び舞台公演等第二次著作物に関する権利を譲渡する旨記載されているが、右は、著作権法二七条の翻訳権、翻案権等の譲渡を意味するものと解される。)。

二申請の理由1(二)(1)ないし(4)について

1  同(1)について

昭和五九年七月三〇日付け朝日新聞に、本件著作物の広告として「テレビ・映画化決定」と掲載されたこと、債務者が、松竹の永山社長に面会したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、債務者は、同月三一日、永山社長と面会した際、本件著作物中亡止雄に関する部分が事実に反する旨述べたことが一応認められる。

2  同(2)について

債務者が、同年一一月二一日ころ、日本テレビに赴き、放送関係者に対し、本件著作物の亡止雄に関する部分には事実に相違する記載がある旨述べたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、同テレビは、同日の本件著作物を朗読して紹介する番組中、亡止雄を示す「萩原」の名を「その方」などと読み替えて放送したことが一応認められる。

3  同(3)について

債務者が、同年一二月一五日及び同月一六日、作者のもとに架電したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、債務者は、右架電に際し、作者への面会を申入れたが、いずれも作者からこれを拒絶されたことが一応認められる。

4  同(4)について

債務者が、同六〇年一月八日ころ、一部の新聞社、映画会社及びラジオ・テレビ会社の担当者宛てに、本件著作物には事実に相違した記述があり、これによつて亡止雄が名誉を傷つけられたもので、本件著作物を活字化、映画化、テレビ化、劇化等する場合は事実に相違したまま実行することがないよう、企画の段階で一報して欲しい旨の内容の文書を送付したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、債権者は、松竹との間で本件著作物の映画化を交渉していたところ、債務者が右文書を送付したことから、松竹をはじめ、映画会社、企画製作会社等が、概ね本件著作物の映画化につき消極的姿勢となり今日に至つていることが一応認められる。

三債権者は、債務者が、本件著作物の二次的著作物に関する権利を侵害しており、債権者は右権利に基づき債務者の妨害行為を排除する権利を有する旨主張するから、債務者の行為が右二次的著作物に関する権利の侵害行為にあたるかどうか検討する。

1  そこで、著作物の映画化等に関する権利の内容につき検討してみる。

(一)  著作権法(以下「法」という。)は、著作者の権利として、著作者人格権(公表権(一八条一項)、氏名表示権(一九条一項)、同一性保持権(二〇条一項))及び著作権(複製権(二一条)、上演権及び演奏権(二二条)、放送権・有線放送権等(二三条)、口述権(二四条)、展示権(二五条)、上映権及び頒布権(二六条)、翻訳権・翻案権等(二七条)、二次的著作物の利用に関する原著作者の権利(二八条))を規定している。

このうち、著作権に属する各権利の規定は、いずれも著作者は右各権利を「専有する」旨規定しており、たとえば、著作物を映画化する権利に関する同法二七条は、「著作者は、その著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案する権利を専有する。」旨規定しているところ、右各規定にいう「専有」の具体的意味内容について、法は定義規定を設けていない。

また、法一一二条一項は、「著作権者は、その著作権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。」旨規定しているところ、いかなる行為がここでいう著作権の侵害行為にあたるかについても、特に定義規定を設けていない。

(二)  著作権とは、著作物の利用に関する権利であり、文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約は、著作者は著作物に関する各種の利用行為を許諾する排他的権利を享有する旨規定しており(同条約八条、九条、一一条、同条の二、三、一二条、一四条)、また、万国著作権条約四条の二第一項前段は、同条約一条に規定する権利(文書、音楽の著作物、演劇用の著作物、映画の著作物、絵画、版画及び彫刻を含む文学的、学術的及び美術的著作物についての著作者その他の著作権者の権利)は、著作者の財産的利益を確保する基本的な権利、特に、複製、公の上演及び演奏並びに放送を許諾する排他的権利を含む、旨規定し、同条約五条一項は、同条約一条に規定する権利は、同条約に基づいて保護を受ける著作物を翻訳し、その翻訳物を発行し並びに当該著作物の翻訳及びその翻訳物の発行を許諾する排他的権利を含む旨規定している。

さらに、旧著作権法(以下「旧法」という。)は、「文書演述図画建築彫刻模型写真演奏歌唱其ノ他文芸学術若ハ美術ノ範囲ニ属スル著作物ノ著作者ハ其ノ著作物ヲ複製スル権利ヲ専有ス」と著作権の内容を規定し(同法一条一項)、「著作権ヲ侵害シタル者ハ偽作者トシ本法ニ規定シタルモノノ外民法第三編第五章ノ規程ニ従ヒ之ニ因リテ生シタル損害ヲ賠償スルノ責ニ任ス」と規定し(同法二九条)、「偽作」すなわち著作物の有形、無形(興行、演奏、放送等)の不法複製行為を著作権侵害行為としている。

(三)  右のような、関連条約及び旧法の規定にかんがみると、法にいう著作権者の権利の「専有」も、著作権者は第三者が著作権に属する権利の内容をなす利用行為をすることを許諾することについて排他的権利を有することを意味するものと解される。すなわち、著作権が排他的権利であるといわれるのは、第三者が著作権者に無断で、又は許諾の範囲を超えて著作物の利用をすることが許されないことを意味し、このことが著作権の本質的内容をなすものと解するのが相当である。

そして、著作権の右のような内容からすれば、著作権の侵害とは、著作権に属する権利の内容たる行為を著作権者の許諾なくして行う著作物の利用行為を指すものと解するのが相当であり、著作権者の著作物の利用を妨げる行為が当然に著作権の侵害となるものではない(なお、法が、著作権の「侵害」といい、旧法の「偽作」の語を用いていないのは、文言上、より適切と考えられたためであり、法の「侵害」を旧法の「偽作」と異別に解すべき根拠にはならないものと思われる)。

そうすると、法二七条が、著作者は著作物の翻訳、翻案等をする権利を専有する旨規定している趣旨は、著作者(又はこれから右権利を譲り受けた者すなわち、著作権者)は、第三者に著作物の翻訳、翻案等を無断でされない権利を有すること、すなわち、第三者は著作権者の許諾を得ずにこれらの行為をしない義務を負うことを意味し、もし第三者が著作権者に無断でこれらの行為をした場合には、当該著作物の二次的著作物に関する権利を侵害したものとして、著作権者は、法一一二条に基づき当該第三者に対し、右侵害行為の差止めを求めることができることになる。

2 本件についてこれをみるに、債務者は、前記二のような各行為を行つており、特に同二4の文書の送付により、映画会社等は本件著作物の映画化につき消極的姿勢を持つに至つたものであるが、右各行為が、仮りに本件著作物の映画化を妨害する行為であると評価しうるものとしても、いずれも本件著作物の二次的著作物に関する権利の内容たる行為ではないことが明らかであるから、債務者の右各行為が本件著作物の二次的著作物に関する権利を侵害しているものということはできず、右権利に基づき債務者の右各行為の差止めを求めることはできないというべきである。

四付言するに、債権者が本件著作物の二次的著作物に関する権利とは別に、これを映画化する自由を有していることはいうまでもないから、債務者の行為が債権者の右自由を侵害し、不法行為の要件を備えた場合、右不法行為の効果として、右行為による妨害排除を求めることができるか否かについては別に考察する必要のあるところ、不法行為の効果としては、原則として、それによつて生じた損害の賠償が認められ、例外的に、妨害行為が継続し、その差止めにより被害者が受ける利益が、それにより侵害者の自由活動に加えられる不利益より大きい場合に、これを相関的に比較衡量して妨害排除請求が認められることがあるものと解するのが相当である。

本件についてみるに、債務者の行為は、映画会社等に対する、本件著作物には事実に相違し、亡夫の名誉を害する部分があるから映画化等の企画実行前に一報してほしい旨の文書の送付、永山社長及び放送関係者との面会並びに作者への面会申入れ等であるところ、まずこれらはいずれもその時限りの一回的行為であり、現在も繰り返されているものではない。もつとも、<証拠>によれば、亡止雄は、生前いわゆる国家主義的色彩の強い団体である「黒龍会」に所属していた者であることが一応認められ、亡止雄の未亡人である債務者の言動が亡止雄の右団体の交友関係者に影響を及ぼすことも推測され、もし債務者が右交友関係者の力をことさらに利用して前文書送付等の行為をしているものとすれば、債務者の前記文書送付、面会申入れ等の行為の実質的効果が現在にも及んでいると見る余地がないではないが、債務者が亡止雄の交友関係者特にいわゆる右翼筋の力をことさらに利用して、債権者の本件著作物の映画化に圧力を加えていると認めるに足りる疎明はなく、かえつて、<証拠>によれば、映画会社等が本件著作物の映画化等に消極的であるのは、債権者・債務者間には、本件著作物につき亡止雄の名誉毀損の有無をめぐる紛争があり、もし右紛争の解決しないうちに映画化等に着手すると自らが右紛争の渦中に巻き込まれるおそれがあることを慮つて自主的に映画化等を差し控えていることによるものとさえ窺われるのであり、右のような事情を考慮すると、仮りに債務者の前記各行為が債権者の映画化の自由を侵害し、不法行為を構成するとしても、その妨害効果が継続しているものとは認められない。

次に、右のように、債務者の各行為が別段亡止雄の交友関係等を利用した威迫行為とは認められない以上、債務者に対し申請の趣旨記載のような行為の禁止を命ずることは、債務者の行動の自由を著しく制限することになり、これと債権者が主張する映画化の困難性を比較検討してみても、なお相当でないといわなければならない。

五なお、さらに付言するに、債権者が、本件著作物の二次的著作物に関する権利に基づき本件著作物を映画化した後、その公表を妨害する者がいる場合には、右映画著作物の著作者として、著作者人格権(公表権)に基づき、右妨害者に対し、妨害排除請求権を有することになるのはいうまでもない。

六以上のとおりであつて、本件仮処分申請は、被保全権利の疎明がないことに帰するからこれを却下することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官河野泰義)

目  録

著作者 高岡智照こと橋本智照

書 名 花喰鳥(上下巻)

出版社 株式会社かまくら春秋社

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